300年後へと引き継がれる3つの物語

お祖母さんがあつらえたウェディングドレス

22歳の春のことでした。
兵庫県の淡路島で生まれ育ったある女性に、生まれて初めて、
家族になりたいひとができました。
不器用だけど笑顔がやさしい、まじめな男のひとでした。

しかし、彼女が両親に想いを打ち明けると、こんな言葉が返ってきました。
「そんな人との結婚は、おやめなさい」

なぜなら彼は、島の人間ではありませんでした。
そのうえ、一度海に出たら1年以上も帰ってこない船乗りでした。
結婚相手は、この島に住む人間でなければならない。
職業は、役場の人間が最もいい。
それは当時、両親が娘の幸せを願うがゆえに
信じて疑わなかった古いしきたりでした。

そんな中、ただ、ひとりだけ。
彼女の味方になってくれる人がいました。
おばあちゃんです。
彼に初めて会った時、おばあちゃんは言いました。
「素朴で、誠実なひとだね」と。
「やっぱり、好きな人と添い遂げるのが一番いいよ」と。
そして静かにほほえみ、こう言ったのです。
「ウェディングドレスを、あつらえてあげよう」
突然の提案にあっけにとられる彼女をよそに、おばあちゃんは続けます。
「そのドレスを着て、式を挙げなさい。
おばあちゃんがつくったドレスを着た式なら、
お母さんもお父さんも、認めてくれるかもしれないよ」

言われるがまま大丸へ行き、あつらえてもらったウェディングドレス。
輝くように真っ白で、うっとりするほど繊細なレースに身を包むと、
沈んでいた気持ちが少し軽くなったよう。彼女もすっかりその気になりました。

そして反対を押し切って、式を挙げた当日。
「結婚式がしたかったのは、このドレスが着たかったからかもしれないわ」
そう思うほど、彼女は自分のドレス姿を喜びました。
美しい彼女の姿を見つめながら、両親は渋々、ふたりの結婚式を見届けました。

そうしてはじまったふたりの結婚生活は、
想像どおり、いえ、想像以上に、困難なものでした。
子供が生まれた後も、両親は、ふたりの結婚を反対しつづけていました。
生活が苦しくなったことも、重い病気に悩まされたこともありました。
しかし、くじけそうになるたびに、
彼女は押入れの奥からドレスを引っ張り出してきました。
このドレスを見ていると、
おばあちゃんの温かい声が聞こえてくる気がしたのです。
「がまん、がまん」
「もうすこし頑張ってみぃや」と。

この純白のウェディングドレスこそ、
おばあちゃんそのものであり、
お守りのようでした。
だからこそ彼女は、
たった一度しか着ていないウェディングドレスを
ずっと手放さずにいたのでしょう。

時は流れ、結婚生活は気づけば45年を迎えました。
けっして順風満帆とはいえない人生でしたが、
どんな荒波も乗り越えられたのは、
もしかしたら、
おばあちゃんがウェディングドレスとして
見守ってくれたおかげなのかもしれない。
隣にいる旦那さんと、いままでの人生を振り返りながら、そう思うのでした。

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