300年後へと引き継がれる3つの物語
戦火をくぐりぬけた雛人形
あるところに、
それはそれは美しい雛人形がありました。
お座敷のふすまを開けると、その奥に凛とたたずむ、5段飾りのお雛様。
真っ白なお顔に浮かぶ気品ある表情と、かすかに揺れる金色の冠。
あまりの艶やかさに、だれもが息を飲む−−。
そんな雛人形でした。
その雛人形は、大阪に生まれたある女の子のもとに、
叔父さんから贈られたものでした。
女の子のお母さんは、立派な雛人形をたいそう喜びました。
「桃の節句には、毎年必ず、お雛様を飾りましょう。
一緒にちらし寿司を囲んで、楽しく語りあいましょう。」
それがいつのまにか、女の子の家庭では当たり前になっていました。
しかし、平和な雛祭りは、そう長くは続きませんでした。戦争が起こったのです。
着る物にも、食べる物にも困る時代でした。
戦争は激化し、大阪から疎開する日がくるまで、
そう長くはかかりませんでした。
雛人形ほど大きなもの、疎開先に持っていくには
荷物になってかないません。
そんなものとはここでお別れだ。
誰もがそう思いました。
しかし、女の子のお母さんは迷うことなく、
雛人形の入った大きな木箱をトラックに乗せました。
周りの猛反対を押し切ってでも、どうしても疎開先に持っていきたい。
雛祭りとはそもそも、女の子の健やかな成長を祈るお祭り。
そこには、娘たちを思う母の強い意志があったのです。
無事に雛人形を連れていくことはできたものの、
女の子も、家族も、みんな生きるのに必死な日々。
当然、飾られることはなく、箱の中でずっと眠っていました。
そして迎えた、終戦。
しばらくは、日本中が、先の見えない不安に包まれていました。
それから、かなりの月日が流れ、
戦争が終わって何度目かの春。
雛人形のことなど、すっかり忘れたころ。
女の子はもう中学生になっていました。
突然思い出したように、お母さんが、雛人形を引っ張りだしてきたのです。
「桃の節句には、毎年必ず、お雛様を飾りましょう。
一緒にちらし寿司を囲んで、楽しく語りあいましょう。」
ああ、またこうして美しい雛人形を、飾れる日がくるなんて。
女の子と、その妹と、友達を何人も呼んで、みんなで盛大に雛祭りを祝いました。
その日は、女の子にとって、忘れられない1日になりました。
それから年を重ね、
女の子は母親になり、おばあさんになりました。
いまでも春がやってくるたびに、
あのときの雛人形を飾り、桃の節句を祝っています。
おばあさんになってからも、
初節句のころの雛人形をこうして愛でられるなんて、なんて幸せなのだろう。
もしかしたら奇跡に等しいのではないか。
そう思うたび、
疎開先になんとしても持っていくと決めた
母のやさしさを思い出すのです。
お雛様の、やさしく、静かな微笑みと重ねながら。
それはそれは美しい雛人形がありました。
お座敷のふすまを開けると、その奥に凛とたたずむ、5段飾りのお雛様。
真っ白なお顔に浮かぶ気品ある表情と、かすかに揺れる金色の冠。
あまりの艶やかさに、だれもが息を飲む−−。
そんな雛人形でした。
その雛人形は、大阪に生まれたある女の子のもとに、
叔父さんから贈られたものでした。
女の子のお母さんは、立派な雛人形をたいそう喜びました。
「桃の節句には、毎年必ず、お雛様を飾りましょう。
一緒にちらし寿司を囲んで、楽しく語りあいましょう。」
それがいつのまにか、女の子の家庭では当たり前になっていました。
しかし、平和な雛祭りは、そう長くは続きませんでした。戦争が起こったのです。
着る物にも、食べる物にも困る時代でした。
戦争は激化し、大阪から疎開する日がくるまで、
そう長くはかかりませんでした。
雛人形ほど大きなもの、疎開先に持っていくには
荷物になってかないません。
そんなものとはここでお別れだ。
誰もがそう思いました。
しかし、女の子のお母さんは迷うことなく、
雛人形の入った大きな木箱をトラックに乗せました。
周りの猛反対を押し切ってでも、どうしても疎開先に持っていきたい。
雛祭りとはそもそも、女の子の健やかな成長を祈るお祭り。
そこには、娘たちを思う母の強い意志があったのです。
無事に雛人形を連れていくことはできたものの、
女の子も、家族も、みんな生きるのに必死な日々。
当然、飾られることはなく、箱の中でずっと眠っていました。
そして迎えた、終戦。
しばらくは、日本中が、先の見えない不安に包まれていました。
それから、かなりの月日が流れ、
戦争が終わって何度目かの春。
雛人形のことなど、すっかり忘れたころ。
女の子はもう中学生になっていました。
突然思い出したように、お母さんが、雛人形を引っ張りだしてきたのです。
「桃の節句には、毎年必ず、お雛様を飾りましょう。
一緒にちらし寿司を囲んで、楽しく語りあいましょう。」
ああ、またこうして美しい雛人形を、飾れる日がくるなんて。
女の子と、その妹と、友達を何人も呼んで、みんなで盛大に雛祭りを祝いました。
その日は、女の子にとって、忘れられない1日になりました。
それから年を重ね、
女の子は母親になり、おばあさんになりました。
いまでも春がやってくるたびに、
あのときの雛人形を飾り、桃の節句を祝っています。
おばあさんになってからも、
初節句のころの雛人形をこうして愛でられるなんて、なんて幸せなのだろう。
もしかしたら奇跡に等しいのではないか。
そう思うたび、
疎開先になんとしても持っていくと決めた
母のやさしさを思い出すのです。
お雛様の、やさしく、静かな微笑みと重ねながら。